「あおあらし」とは?

言葉 詳細
青嵐

概要 (Wikipediaから引用)

青嵐会(せいらんかい)は、1973年、自由民主党の派閥横断的に結成された保守派の衆参両若手議員31名からなる政策集団。石原派と呼ばれた。 趣意 自由社会を守り、外交は自由主義国家群との緊密なる連携を堅持する。 国民道義の高揚を図るため、物質万能の風潮を改め、教育の正常化を断行する。 勤労を尊び、恵まれぬ人々をいたわり、新しい社会正義を確立するために、富の偏在を是正し、不労所得を排除する。 平和国家建設のため、平和は自ら備えることによってのみ獲ち得られるとの自覚に則り、国民に国防と治安の必要性を訴え、この問題と積極的に取り組む。 新しい歴史における日本民族の真の自由、安全、繁栄を期するために自主独立の憲法を制定する。 党の運営は安易な妥協、官僚化、日和見化の旧来の弊習を打破する。 青嵐は寒冷前線の意味で、会名は「渾沌停滞した政界に爽やかな風を送り込もう」という意味を込めて石原慎太郎が命名した。設立趣意書には「いたずらに議論に堕することなく、一命を賭して、右、実践する」とあり、結成時に石原の提案で会員名簿に血判状を捺した事で知られる。