「あかいばし」とは?

言葉 詳細
赤橋

概要 (Wikipediaから引用)

『北条守時』より : 北条 守時(ほうじょう もりとき)は、鎌倉時代末期の武将。北条氏の一門。鎌倉幕府第16代・最後の執権(在職:正中3年4月24日(1326年5月26日) - 正慶2年/元弘3年5月18日(1333年6月30日))。赤橋守時(あかはし もりとき)とも呼ばれる。 鎌倉幕府第6代執権・北条長時の曾孫にあたる。父は赤橋流の北条久時。同幕府を滅ぼし、室町幕府初代将軍となった足利尊氏は妹婿(義弟)にあたる。 生涯 僅か13歳の徳治2年(1307年)10月1日、従五位下左近将監に叙任されるなど、その待遇は得宗家と変わらず、庶流であるにもかかわらず、赤橋家の家格の高さがうかがえる。 応長元年(1311年)6月5日、引付衆就任を経ずに評定衆に任命された。 嘉暦元年(1326年)3月の嘉暦の騒動の後、政変に対する報復を恐れて北条一門に執権のなり手がいない中、引付衆一番頭人にあった守時が4月24日に16代執権となる。しかし実権は、出家していた北条得宗家(元執権)の北条高時(崇鑑)や内管領・長崎高資らに握られていた。