「あっつ」とは?

言葉 詳細
アッツ

概要 (Wikipediaから引用)

アッツ島沖海戦(アッツとうおきかいせん)とは第二次世界大戦中、コマンドルスキー諸島近海で起きた日本海軍とアメリカ海軍との間の海戦。連合国軍側の呼称はコマンドルスキー諸島海戦(Battle of the Komandorski Islands)。1943年(昭和18年)3月26日、アメリカ海軍が日本軍のアリューシャン列島方面への輸送を阻止しようとして艦隊を派遣したことで生起した、典型的な昼間水上戦闘である。日本艦隊の稚拙な指揮により、米艦隊は退避に成功した。アッツ島への日本軍増援は失敗し、アッツ島玉砕の遠因となった。 背景 1942年(昭和17年)6月上旬、日本軍はミッドウェー島の占領をめざすミッドウェー作戦の一環としてアリューシャン作戦を発動、アッツ島、キスカ島を占領した。日本軍は輸送作戦を繰り返し行い両島の守備を強化していった。一方のアメリカ軍は、空襲と、潜水艦の投入によって日本軍に対抗した。 7月5日の海戦では駆逐艦「霰」がキスカ島沖で沈没、駆逐艦「不知火、霞」が大破した。 1942年10月17日にはキスカ島沖にて駆逐艦「初春、朧」が空襲を受け、朧が沈没、初春が大破した。