「あとげつ」とは?

言葉 詳細
後月

概要 (Wikipediaから引用)

後月郡(しつきぐん)は、岡山県(備中国)にあった郡。 郡域 1878年(明治11年)に行政区画として発足した当時の郡域は、井原市の大部分(大江町・上稲木町・下稲木町・岩倉町・美星町各町を除く)にあたる。 当郡の郡名が見える最古のものは藤原宮跡から出土した木簡で、「後木評」とある。郡を評としていることから701年の大宝律令以前の物であることがわかる。大宝律令の際に現在の表記「後月郡」に改められた。平城宮跡からは「後月郡後月郷」と記された木簡が出土されており、後月郷は後の駅家郷と考えられている。郡衙の位置は荏原郷・足次郷・出部郷など諸説あり、特定できていない。郡制廃止後の地方事務所設置の際は、小田郡と合同の小田後月地方事務所が小田郡笠岡町(現・笠岡市)に置かれた。 近世以降の沿革 「旧高旧領取調帳」に記載されている明治初年時点での支配は以下の通り。●は村内に寺社領が存在。(39村) 慶応4年5月16日(1868年7月5日) - 幕府領が倉敷県の管轄となる。