「ありまのみこ」とは?

言葉 詳細
有間皇子

概要 (Wikipediaから引用)

有間皇子(ありまのみこ、舒明天皇12年(640年) - 斉明天皇4年11月11日(658年12月11日))は、飛鳥時代の皇族。孝徳天皇の皇子、母は小足媛。天皇への謀反計画が発覚し、処刑された。 生涯 舒明天皇12年(640年)、軽皇子(後の孝徳天皇)の皇子として誕生。母は左大臣・阿倍内麻呂の娘・小足媛。天智天皇(父方の従兄にあたる)の娘、明日香皇女・新田部皇女姉妹は母方の従妹になる。 孝徳天皇元年6月14日(645年7月12日)に父が即位し孝徳天皇となる。孝徳天皇は同年の大化元年12月9日(646年1月1日)に都を難波宮に移したが、それに反対する皇太子の中大兄皇子(後の天智天皇)は白雉4年(653年)に都を倭京に戻すことを求めた。孝徳天皇がこれを聞き入れなかったため、中大兄は勝手に倭京に移り、皇族たちや群臣たちのほとんどや孝徳天皇の皇后である間人皇女までも、中大兄に従って倭京に戻ってしまった。失意の中、孝徳天皇は白雉5年10月10日(654年11月24日)に崩御した。このため、斉明天皇元年1月3日(655年2月14日)、孝徳天皇の姉の宝皇女(皇極天皇)が再び飛鳥板葺宮で斉明天皇として重祚した。