「かいえき」とは?

言葉 詳細
改易

概要 (Wikipediaから引用)

改易(かいえき)は、律令制度では現職者の任を解き新任者を補任することを、鎌倉時代・室町時代には守護・地頭の職の変更を意味した。江戸時代においては大名・旗本などの武士から身分を剥奪し所領と城・屋敷を没収すること。除封ともいう。所領を削減されることを減封という。現代社会では「更迭」が近い処分となる。 江戸時代の大名家の改易 江戸時代、大名家が改易されると、何らかの重い罪を受けての場合は大名は斬首(島原の乱の松倉勝家)または切腹(赤穂事件の浅野長矩など)となる。それ以外でも他の大名家などへお預けとなり、厳しい監視の下で蟄居させられる(松平忠直・松平忠輝など)。 城と領地は没収となり、多くの家臣は禄を失って浪人となる。ただし、改易の処分を受けても後に許され、大名本人または子孫や一族の者が小大名や旗本に取り立てられ家名が存続することも少なくない。譜代・親藩の中には、改易処分のあとに許されて、その子孫が旧知とほぼ同じ待遇で、復帰した例もある。 関ヶ原の戦いの戦後処理により石田三成(近江)、小西行長(肥後)、宇喜多秀家(備前岡山)、長宗我部盛親(土佐)を始め西軍についた88の大名家が改易され、毛利家(毛利輝元及び吉川広家、毛利秀元)、上杉家(上杉景勝)など5大名家が大幅な減封を受けた。