「さいいん」とは?

言葉 詳細
西院

概要 (Wikipediaから引用)

西院駅は、京都府京都市にある阪急電鉄・京福電気鉄道(嵐電)の駅。 駅名の表記は両社とも同じだが、阪急が「さいいん」、京福が「さい」と読む。 阪急京都本線と京福電気鉄道嵐山本線の2路線が乗り入れ、大阪方面と金閣寺方面への観光客や、立命館大学といった学校への通学客が、乗換駅として利用することが多い。阪急の駅は地下にあり、その地上付近に京福の駅がある。 所在地付近の現在の地名は「さいいん」だが、中世には「さい」という発音が一般的であった。「さいいん」という発音が普及したのは、 1928年(昭和3年)に開業した新京阪鉄道(阪急京都本線の前身)が一般的な読み方の「さいいん」を採用して以後のことである。 利用可能な鉄道路線 阪急電鉄 京都本線(さいいん、駅番号「HK-83」) 京福電気鉄道(嵐電) 嵐山本線(さい、駅番号「A2」) 京福電鉄 1910年(明治43年)3月25日 - 嵐山電車軌道の西院駅として開業。

斎院

概要 (Wikipediaから引用)

斎院(さいいん)は、平安時代から鎌倉時代にかけて賀茂御祖神社(下鴨神社)と賀茂別雷神社(上賀茂神社)の両賀茂神社に奉仕した皇女で、伊勢神宮の斎宮と併せて斎王(斎皇女)という。斎王の御所を指すこともある。賀茂斎王、賀茂斎院とも称する。 賀茂神社では祭祀として賀茂祭(現在の葵祭)を行い、斎王が奉仕していた時代は斎王が祭を主宰してきた。その後も葵祭は継続されたが室町、江戸、戦後と三度祭が断絶したという。その後、1953年に祭が復活したことを契機として、1956年の葵祭以降、祭の主役として一般市民から選ばれた未婚の女性を斎王代として祭を開催するようになった。斎王代に選ばれた女性は唐衣裳装束(からぎぬもしょうぞく)を着用し、舞台化粧と同様の化粧に加えお歯黒も施される。 斎院の起こり 賀茂斎院制度の起源は、平安時代初期に求められる。平城上皇が弟嵯峨天皇と対立して、平安京から平城京へ都を戻そうとした際、嵯峨天皇は王城鎮守の神とされた賀茂大神に対し、我が方に利あらば皇女を「阿礼少女(あれおとめ、賀茂神社の神迎えの儀式に奉仕する女性の意)」として捧げると祈願をかけた。