「せいいたいしょうぐん」とは?

言葉 詳細
征夷大将軍

概要 (Wikipediaから引用)

征夷大将軍(せいいたいしょうぐん)は、朝廷の令外官の一つである。 「征夷」とは、東夷を征討するという意味。征夷将軍(大将軍)は、「夷」征討に際し任命された将軍(大将軍)の一つで、太平洋側から進む軍を率いた。日本海側を進む軍を率いる将軍は征狄将軍(鎮狄将軍)、九州へ向かう軍隊を率いる将軍は征西将軍(鎮西将軍)という。これは、「東夷・西戎・南蛮・北狄」と呼ぶ中華思想の「四夷」を当て嵌めたためとされている。 「東夷」に対する将軍としては、和銅2年(709年)3月6日に陸奥鎮東将軍に任じられた巨勢麻呂が最初であり、「征夷将軍」(通常、征夷大将軍と同一とされる)の初見は、養老4年(720年)9月29日に任命された多治比縣守である。「征東将軍」の初見は、延暦3年(784年)2月に鎮守将軍から昇格した大伴家持 であり、「征東大将軍」の初見は、延暦7年(788年)12月7日に辞見した紀古佐美である。 延暦10年(790年)7月13日に、大伴弟麻呂が征東大使に任命された。延暦12年(792年)2月17日に、征東使を征夷使と改めた。「大使」はまた「将軍」とも呼ばれていた。