「たいらのたかむね」とは?

言葉 詳細
平高棟

概要 (Wikipediaから引用)

平 高棟(たいら の たかむね/高棟王(たかむねおう)、延暦23年(804年) - 貞観 (日本) 貞観9年5月19日 (旧暦) 5月19日(867年6月24日))は平安時代前期の賜姓皇族。桓武平氏高棟流の祖。祖父は桓武天皇、父は葛原親王、妻は藤原長良の女、藤原有子、子に平実範(平実雄とも言われる)、平正範、平惟範、平季長らがいる。平善棟、及び非実在説もある高見王らは弟。天長2年(825年)7月6日に伯父に当たる淳和天皇から平姓を賜り、平高棟と名乗る。これが桓武平氏の起こりで、子孫は代々中流貴族として栄えた。「平氏にあらずば人にあらず」と放言したと言われる平時忠は惟範の系統で10代目の子孫にあたり、源平合戦後も時国家として存続した。また13代目の子孫に宗尊親王の母平棟子がいる。17代目の子孫にあたる西洞院行時は西洞院家を興し、西洞院家は堂上家に列したが戦国時代 (日本) 戦国時代に中絶し、河鰭家から西洞院時慶 河鰭公虎(西洞院時慶)が養子が入って再興した。