「といし」とは?

言葉 詳細
戸石

概要 (Wikipediaから引用)

戸石城(といしじょう)は、信濃国小県郡(現在の長野県上田市上野)にあった日本の城(城郭)。形式は山城。別名は砥石城。長野県指定史跡。 地勢 東太郎山の尾根上に築かれ、南の上田平や北東の真田郷を一望できる位置にあり、南東には北佐久を望むことも出来る。西側には神川が南西へ流れ、千曲川と合流。上州街道を真田郷を経て鳥居峠を越えると上野国吾妻郡に至る。南西部には上田原が広がり、千曲川沿いに下ると埴科郡を経て善光寺方面へ至り、逆に上流へと遡ると佐久郡を経て上野国や甲斐国に至る。また上田原を更に西に進み和田峠を超えると筑摩郡へと至る。本城を中心に、北の枡形城、南西の米山城(小宮山城)、南の戸石城などを含めた複合城郭。 築城年代は不明だが、隣接する真田郷に興った真田氏の外城として築城されたのが最初とされている(当時の状況は不明)。『神使御頭之日記』によれば、天文10年(1541年)5月に海野氏の一族は海野平の戦いにおいて甲斐の武田信虎、信濃埴科郡の村上義清、信濃諏訪郡の諏訪頼重らの連合軍に敗退し、海野棟綱・真田幸綱(幸隆)らは上野国へ逃れる。

遠石

概要

Wikipediaからデータを取得しようと試みましたが該当するデータがありませんでした。

砥石

概要 (Wikipediaから引用)

砥石(といし)は、金属や岩石などを切削、研磨するための道具。砥石の粒子の大きさにより、荒砥(あらと)、中砥(なかと、なかど、ちゅうど)、仕上げ砥(しあげと、しあげど)の3種に大別され、さらに天然のものと人造のものとがある。人造砥石は19世紀にアメリカ合衆国で製造が開始された。均質であり入手も容易であることから、現在では広く流通している。天然物は、刃物へのアタリが柔らかいことなどを理由に、依然として愛好者が多い。天然砥石の原料は主に堆積岩や凝灰岩などであり、荒砥は砂岩、仕上げ砥は粒子の細かい泥岩(粘板岩)から作られ、中でも放散虫の石英質骨格が堆積した堆積岩が良質であるとされる。人造砥石の原料は主に酸化アルミニウム及び炭化ケイ素であり、製法と添加物によりそれぞれ数種以上の特性に分かれる。その他ダイヤモンドや立方晶窒化ホウ素、ガーネットなども原料として用いられる。 日本神話上には、砥石の名を冠した神名があり、鏡作部の遠祖の神たる「天糲戸(アマノアラト)」がこれにあたる。文字通り、アラトは荒砥を意味し(アラトの子神はヤタノカガミを製作)、古代鏡作りにおいて砥石が重用された。