「にいがたちゅうおうぎんこう」とは?

言葉 詳細
新潟中央銀行

概要 (Wikipediaから引用)

株式会社新潟中央銀行(にいがたちゅうおうぎんこう)は、かつて存在した第二地方銀行。 新潟相互銀行の普通銀行転換に伴い、1989年(平成元年)2月1日に発足。本店は新潟県新潟市上大川前通7番町1169(現・新潟市中央区)においていた。1999年(平成11年)10月2日に経営破綻した。 相互銀行時代は行章に「ゆきつばき」を用いており、「ゆきつばきの銀行」とコマーシャルに使用。 普銀転換時には商号を「新潟銀行」としたかったとされるが、第四銀行も県外の顧客から同様に呼ばれており混同するなどの理由から転換時に「新潟中央銀行」とした。ただし、公式サイトのホームページアドレスおよびドメインは「niigatabank.co.jp」としていた。 破綻への経緯 普通銀行に転換した頃から(特に5代目頭取大森龍太郎を中心とする)上層部の同族経営かつワンマン経営による乱脈融資が深刻化した。バブル経済末期から平成不況へ変遷した1990年代前半から1997年にかけて、採算性を考慮せず複数のゴルフ場(笹神ケイマンゴルフ場、東軽井沢ゴルフクラブ、富士中央ゴルフ倶楽部など)や『オセアニア構想』と言われた3つのテーマパーク(新潟ロシア村・柏崎トルコ文化村・富士ガリバー王国)をファミリー企業のように実質支配下としていた各デベロッパー会社へ多額の融資を行い開業させた。