「ふぁはど」とは?

言葉 詳細
ファハド

概要 (Wikipediaから引用)

ファハド・ビン・アブドゥルアズィーズ・アール・サウード(العربية: فهد بن عبد العزيز آل سعود‎, ラテン文字転写: Fahd bin Abdulaziz Al Saud、1923年 - 2005年8月1日)は、第5代サウジアラビア国王。ワッハーブ派イマームとしてはファハド1世。長男はファイサル・ビン・ファハド。 生涯 初代国王アブドゥルアズィーズが数多くの妻の中で最も寵愛したハッサの息子である。 1923年にリヤドで生まれたとされるが、正確な生年月日は不明である。第二次世界大戦後の1953年にサウジアラビアの文相として、1962年に内相に就任した。 その後は石油・投資諮問会議や高等教育諮問会議の議長を務め、ファイサル国王の右腕としてサウジアラビア近代化に貢献した。1975年には王太子・第一副首相となり、病弱なハーリド国王を補佐して内政・外交両面で政治手腕を発揮した。 1982年6月12日に、ハーリド国王死去に伴いサウジアラビア王国第5代国王に即位した。以降冷戦下で親米・穏健路線の主導者として西側諸国との関係を保ちサウジアラビアを率いたが、1987年には中華人民共和国から中距離弾道ミサイルDF-3を導入してアメリカの懸念を招いたこともあった。